余姚は長江デルタの南側に位置していて,悠久な歴史や優れた文化で名高い。1985年に余姚県が余姚市に昇格され、1994年に国務院に「二類市」と認められた。伝説によると、余姚が中国古代帝王の舜の後裔の領地だったと言われている。舜の苗字が姚なので,余姚の名もそれに因んだと言われている。7000年前に遡り、余姚では世界文化の重宝と言われる「河姆渡文化」が誕生したので、中華民族の発祥地の一つとして認められた。秦の時代から、余姚で郡県機構が設置され,歴代で厳子陵、王陽明、朱舜水 、黄宗羲などの名士が輩出し,「東南最名邑」、「文献名邦」と褒められ、浙江省歴史、文化の名所とされている。市全域の面積が1527平方キロメートルで,鎮14箇所、郷1箇所、街道6箇所を管轄し、総人口が82.59万人である。 改革開放以降,余姚市の経済建設と社会発展が多大な成果をあげている。多年にわたって、「全国農村経済総合実力百强県(市)」の列に入っている。2005 年に,同市の国内総生産高が292億元、財政収入が40.37億元、住民の平均実収が17381元/人、農民平均実収が7661 元/人になって,総合経済力が全国2000余箇所の市(県)の中で、第19位に列されている。 余姚は工業が発達していて、「プラスチックの都、金型の王国」と評価されている。 現在は機械、電子、プラスチック、化学品、紡績などの産業を基礎に、新材料開発・精密工業などの技術産業を主力とする工業システムを発展している。同時に、筆、ボタン、照明器具、自動車部品、入浴設備、電動工具、ライターなどの製造を含める関連産業も勃興している。「帅康"」、「玉立」、「富達」などの大手電器ブランドもここで誕生している。 余姚は名物名産が多く、「中国やまももの都」、「中国ザーツァイの起源地」"、「中国茭白の都」、「中国甘梨の都」「中国赤楓の都」などの称号を擁して、「瀑布仙茗」お茶、「舜水甘梨」、「国泰」、「備得福」ザーツァイなどの農産物の生産に力を入れている。 余姚の地には観光地も多い。江沢民氏が題詞してくれた河姆渡遺跡博物館、杭州西湖2倍の大きさの四明湖、古跡豊かな龍泉山、道教に「第九洞天」と言われる丹山赤水、「天然酸素庫」や「避暑勝地」と褒められる四明山森林公園、2460ヘクタールの面積を持って、上海ギネス全書に収録された「玉」文化のテーマパーク---中国玉苑などの観光地を納めて,余姚は省では特色のある観光都市となり、国内外の観光客を引きつけている。 余姚の地理的条件も極めて優良である。東側へ40キロ移動すれば寧波に着き、西側の杭州までも120キロの距離で、工事中の杭州湾大橋とはわずか30キロの距離である。余姚は交通が便利で、沪杭甬高速道路、329国道、萧甬鉄道、杭甬運河が余姚地域に通っている。 近年来、市の政府部門は自身の作用を再認識し、貿易環境の整備に取り掛かって、対外開放をさらに進めている。当市の経済は同省の先頭に立っていて、外資の誘致率は二年間連続に全省の市町村の中に第一位である。新世紀を迎えて来た際に、さらに整備された投資環境と優遇的な投資政策・優良なサービスをもって、余姚は観光や投資にくる国内外の有識の士を迎えるようつねに努力している。 |